良くない記憶を引きずってしまう心に一陣の風を送る-風来疎竹


今日のメンタルバランスはいかがでしょうか。
詩的人の、良螢です。






「昨日、不愉快なことを言われた」

「先週行った店の店員の態度が気に入らず未だにムカムカする」

「この間、気に入っていた食器を落として割ってしまった」





など、あまり印象の良くないことに関して心にずっとわだかまっていたりしませんか?

良いことはわりとすぐ忘れてしまうのに、良くないことは記憶に留まっているのは嫌なものですね。




でも実は人間は本能的に悪いことのほうが記憶に残りやすく出来ています。

なぜかというと、悪いことは生命に関わってくる場合があるかもしれないからです。

これは大昔の原始時代に備わったと思われます。





毒キノコを食べて苦しんだら、また同じものは食べないようにしようとしますよね。

どこかの道で猛獣に遭遇したら、次に同じ道を通るときも相当に警戒しますよね。






ですから、悪いこと、良くないことが記憶に残ってしまうというのは自然なことなのだと思います。

むしろこういうことを認識していて、「あぁ、そうだよね、記憶に残っちゃうよね」と済ましてしまったほうがいいです。

力を入れなければいけない「今」により集中できるし、未来のことへも目が向けられると思います。














風来疎竹

ふうらいそちく



「風が疎(まば)らな竹林にあたると、竹の葉がさやさやと鳴る。しかし、風が過ぎ去ると、もう竹には音が残っていない」徳の高い人は、何かことが起きたときに心が動くが、その事が終われば心もまたもとの空虚に戻って、いつまでも執着していない──ということを表します。善かれ悪しかれ、その事に執着して、いつまでも精神を浪費するような愚かなことをせずに、心の空(くう)であることを学べというのです。

●出典
『禅語百選』松原泰道(祥伝社)












とはいえ、過ぎ去ったことは全て忘れろ、なんて無理な話だと思います。

それでも、あまりに執着してしまうと「今」や「未来」を見る余裕が奪われてしまうでしょう。





心の中の竹林が風でサワサワと鳴ったら、それは過去の執着が過ぎ去ってくれた音なのかもしれませんね^^











今日も良い一日を。
良螢







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